今日、木樽で仕込んでいたお味噌をあけました。
和紙の覆いをはずした時、
『生きるとはこういうことなんだ』
その言葉というかエネルギーというか、何か
そうゆうものがズバンと頭に張り付きました。
今年の頭に『ほんとうは生きることに意味なんてない、でも、それが理解できるまでは、意味をみつけようとしないと生きていけない。』細かいニュアンスは違っているかもしれないけれど、そうゆう感じの事を言われていて、私は全くすっかり
意味などわからずにいました。
生きることは、ただ日々の暮らしなんだな。
そんな感じがしたのです。
そこを、深く問われると、まだまだわかっていない感覚だらけなんだけど、ごめんなさい、こうゆうのは初めてで。
頭ではわからないものを、私の何かが勝手に感じた、あぁそうか、そういった方が近いかな。
娘には、このお味噌と梅干しを教えれば、もうそれでいいかな、そんなことも思いました。
好きなように生きても、何があっても大丈夫なんだな、そう思いました。
何にも意味づけが自分の中から出なくなれば。
そうだ、私の考えうる意味づけなど、もう何の意味も持たないことはわかる。
『生きている』という暮らし。
毎日、朝から空を見て、食べる、土を見て、野菜を見て、人と語らって、空を見て、家族で語らい、食べる、休む。
それで、いいんだ。
樽からあげたお味噌を見て、娘は何度も鼻を上にやって、いぃ匂い、いぃ匂い、食べてみてもいい?
少し興奮気味にお味噌を食べて、なんともいい顔で
『むっちゃ美味しい~味噌美味しい~』(笑)
今日も、のぞくとこんな感じ。
右側、チーさん。
座布団気持ちよすぎて、上向いちゃってます。
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